まるよしよもやま話(沖縄・伊良部島)

2002年4月に発売され宮古島で大ベストセラーになった「読めば宮古」。 そんな話が伊良部にもたくさんあります。 伊良部島の民宿まるよしで夜な夜な語られる伊良部の話「まるよしよもやま話」のページです。

2002年4月に発売され宮古島で大ベストセラーになった「読めば宮古」。そんな話が伊良部にもたくさんあります。まるよしで夜な夜な語られる伊良部の話を紹介していきます。

【んきゃーん(昔の)伊良部】
<運転免許再発行>
昔の伊良部島では学校を卒業すると、内地へ働きにいく人がたくさんいました。
中学や高校を卒業すると、既に働きに行っている先輩の紹介などで伊良部の人は都会に出ていきます。
仕事は地元でも皆やっていたスラブ打ちの影響か、土間屋と言われる左官業に就くことが多いようです。
働きに出る先は大阪圏内、名古屋圏、横浜、千葉を中心とした関東圏内とあちこちです。
慣れない都会生活で緊張する場合が多いせいか、同じ島の出身者と酒を飲んでストレスを発散する機会が増えます。
酔って免許証を財布ごと落としたり、電車で眠ってしまいスリの被害に遭うこともありました。
仕事には自動車利用なので、運転免許証は必須です。
離島の離島の伊良部島に本籍があるので、再発行に必要な書類を取り寄せるのも大変です。
手続きに慣れないことや、当時はネット全盛の今と違って郵便でのやり取りになるため、再発行にはかなりの時間がかかったそうです。
今は伊良部島に戻っているまるよしの常連さんは、内地にいる時に何回か再発行の手続きをして、再発行のベテランになったそうです。


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【んきゃーん(昔の)伊良部】
<カルチャーショック>
1970年代に下地島空港の工事が始まると、伊良部島もある種のカルチャーショックに襲われます。
内地の大手の建設業者の宿泊設備が設置され、大型ダンプや色々な運搬建設機械が搬入されました。
1771年の明和の大津波で打ち上げられた津波石(コーラル)は最新鋭の重機で圧迫されて砕かれ、ベルトコンベアーで運ばれます。
運ばれた石は最新の10tトラックで運ばれて、埋め立てられて行きます。いづれも当時の島の人にとっては、生まれて初めて見る光景でした。
佐和田付近には、尖ったサンゴ岩などでパンクした巨大なタイヤを修理する場所が設置されました。
巨大な重機が動く姿や大きいタイヤが修理される事自体が物珍しくて、子どもたちに取っては最高の見世物になります。
学校が終わると子ども達は工事現場に駆けつけて、眼を輝かせて工事の進捗を見つめます。
時代は巡って、下地島空港は来年3月のLCCの就航に伴い、ターミナルビルの工事などが急ピッチで進めらていますが、また何かカルチャーショックが起きるのでしょうか。
20181111下地島空港 (1024x692)


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伊良部の日常】
<三線>
三線 (591x1009)以前、三線には一般的は余り知られておらず、三味線と同じと思っていた人も多かったようです。
NHKの朝ドラのちゅらさんが放映されると、沖縄ブームが起きて三線の名前も知れ渡るようになりました。
当時はネットもない頃で情報の拡散と言う言葉も存在しない時代でしたが、沖縄の情報は日々テレビ等で取りあげられ、三線は誰でも知るようになりました。
最近は、宮古島でも民謡酒場が人気で、ここ数年で店が増え、三線の音色が響きます。
伊良部島でも居酒屋等に行くと、地元の民謡好きが三線を弾いて民謡を口ずさんでいることが有ります。
まるよしでもかつて、地元の名人が三線で民謡を披露した事もあります。
その時はテーブルを脇に寄せて、早弾きの曲に合わせて、宿泊客、スタッフ入り乱れて踊ったものでした。
観光で来られた方も、そんな場面に遭遇したら「これぞ沖縄」と言う感じでラッキーですね。
三線はボケ防止にも良いと言う事で、内地では趣味と実益を兼ねて習う人も増えているとか。
まるよしに姿を見せるMさんも、三線を弾くことに意欲的です。
三線を習い始めたMさんの数年後のボケ具合が楽しみです。
三線の値段はピンキリですが、宮古島でも民謡研究所などで手に入れる事が出来ます。



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【んきゃーん(昔の)伊良部】
<一周道路>
島と言えば海沿いに一周道路をドライブするのが定番です。
特に観光スポットが無くても、一周道路を風を感じながら走ると、なんとも言えない心地よさを感じます。
沖縄の離島でも多くの島に一周道路が整備されています。
宮古諸島でも宮古島、池間島、伊良部島、下地島、多良間島などに一周道路があります。
どの島も道路は綺麗に整備されて、ちゃんと歩道も有ります。
また高い山が無いので、ドライブ以外にもサイクリングにも最適です。
因みに大神島でも一周道路を造る計画が有りましたが、工事の最中に不思議な出来事が有って結局中止になりました。
伊良部島の一周道路ではフナウサギバナタから白鳥崎へ向かう西海岸の道や、佐良浜池間添の園地からヤマトブー大岩へ向かう道が絶景ポイントになっています。
下地島の一周道路は奇岩を望む佐和田の浜付近、17エンドを通る空港の管理道路、中の島海岸を過ぎて渡口に向かう海へ落ちるような道や2キロ以上の直線が続くシュガーロードなど見所がたくさん有ります。
シュガーロードができる前はもっと外側の道が一周道路でしたが、今は旧道になっています。
通り池近辺の道も今のレーダー基地沿いの道が一周道路だったそうです。
伊良部大橋が出来るずっと前に、伊良部島のタクシー会社が作成したマップにはシュガーロードなどはまだ掲載されていませんでした。
興味のある方は旧道を走ってみるのも、新しい景色との出会いが有って楽しいかも知れません。
20181103新生タクシー地図 (1024x744)


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【んなまぬ(今の)伊良部】
<乗瀬橋2018>
乗瀬橋の架け替え工事はいまだに作業中ですが、来年の春までには完成しそうです。
当初は2017年の春には開通予定でしたが、大幅に遅れてしまいました。
すぐ近くに伊良部橋があるため、生活への影響はそれほど多くは無いようですが、下地島空港の工事車両が集落の近くを頻繁に往来しています。
もともと伊良部島と下地島を結ぶ橋は南区の各集落から下地島のサトウキビ畑に向かう5本の橋が有りましたが、乗瀬橋は下地島空港の建設に伴って後から架けられた橋だそうです。
当初の予定通り開通していれば、今回の下地島空港ターミナルビル建設工事にも間に合っていましたが、下地島空港の再開も電撃的だったので、結果論でしかありません。
工事の遅れと言えば、伊良部島の小中一貫校の建設をはじめ、島での工事は軒並み遅れが出ているようです。
宮古島、伊良部島ではあちらこちらで建設ラッシュで人手不足が深刻です。
下地島空港のターミナル施設の開業日も2019年3月30日と正式に発表になりましたが、実際に間に合うのか工事関係者も心配しています。
2015年1月31日に開通日を早々に発表して、開通した後も工事が続いた伊良部大橋の開通が思い出されます。
20181030乗瀬橋完成予想図



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【んきゃーん(昔の)伊良部】
<飲み屋街>
宮古島では西里の一大飲み屋街、通称イーザトが有名ですが、伊良部島にも飲み屋街があります。
正確には「ありました」と言うのが正しくなってしまいました。
国仲橋を渡ってガソリンスタンドの裏に建つ雑居ビルを思わせる飲み屋街。
昼間は全く目立たず、夜もあまり目立ちませんでしたが、夜の帳が降りると一組、二組と集まって来ます。
お客さんが居ると朝まで営業し、精糖期には24時間稼働する精糖工場に合わせて24時間営業する店もあったとか。
地元のママさんの他にも、内地から来ているアルバイトのお姉さんも接客をします。
伊良部大橋が架かる前は、伊良部島、特に南区の男性たちが最後に行き着く夜の終着点で、居酒屋等で勢いを付けた人々が続々と集まって来たものでした。
まるよしで地元のお兄さんと意気投合した内地のお客さんもオトーリで痛い目にあったようです。
橋が架かると伊良部島の男たちは、手軽に行けるようになったイーザトを目指します。
橋が出来てお客さんが減ったのか、下地島空港の復活をビジネスチャンスと狙った内地の資本に目を付けられたのか、飲み屋街に最後まで残っていた店も閉まって、解体工事中です。
跡地には下地島空港の再開に合わせて、レンタカー屋が開業するとの噂です。
かつては伊良部島の夜の社交場で、親しみを込めてお化け屋敷などと呼んだ人もいた飲み屋街も無くなってみると寂しさを覚えます。
20181026飲み屋街地図 (742x501)

20181026飲み屋街 (1024x690)


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【んなまぬ(今の)伊良部】
<17エンド2018>
20181022 17エンド案内板 (802x1024)下地島空港の17エンドの認知度はいつの間にかメジャーになっているようです。
観光客の方に話を伺うと、数ある宮古島の観光スポットの中でも訪れる優先順位の高いスポットになっていると言う事です。
確かに朝の早い時間から訪れる人も多く、下調べをして白砂が姿を現す干潮時を狙って来る人もいます。
夕日の頃は管理道路の西側は車で一杯になることもあります。
そのうち宮古島の主要ガイドブックにも観光スポットとして取り上げられるのは間違いありません。
夏の観光シーズンが過ぎた10月になっても、干潮時の絶景やサンセットを求めて多くの人がやって来ます。
下地島空港の入口には17エンドへの仮設の案内板も建てられました。
そんな人気スポットになった17エンドですが、来年3月の下地島空港のLCCの利用開始に伴って、空港管理道路への一般車両の乗り入れが引き続き認められるのか心配されます。
20181022 17エンド2018 (1024x690)



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伊良部の風物詩】
<サシバの渡り2018>
寒露が過ぎて連日サシバの渡りの話題が報道されていますが、伊良部島・下地島でもサシバを目当てに訪れる人が増えています。
下地島の管制塔付近では、長い望遠レンズを付けたカメラを構えた人や新聞社の車も見かけられます。
下地島でカボチャの植え付けをしていたおじぃの話によると、今年は例年以上に渡りの数が多いという事です。
サシバを見るには夕方が良いようですが、夕暮れが近くなると、サシバはすでにねぐらになる木に留まっていて、見られる数は減るようです。
おじぃの話ではサシバは満月の日には夜でも渡って来るとかですが、確実に見るには夕方3時位から5時過ぎまで腰を据えて待つのが良いようです。
20181018サシバ2018 (1024x692)


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【んなまぬ(今の)伊良部】
<コンビニATM>
宮古島のファミリーマートではATMでのご当地言葉による音声案内が今年2月から開始されています。
沖縄本島内に設置しているコンビニATMでは2012年から行われているそうですが、好評なため今回、石垣と宮古でも実施する事になったそうです。
琉球銀行と沖縄ファミリーマートとイーネットの協力で実現した試みで、それぞれの地域の「しまくとぅば」で音声が流れます。
宮古島では「んみゃーち」、石垣島では「おーりとーり」と、各地で「いらっしゃいませ」に当たる言葉で迎えています。
利用を終えた際には「ありがとうございました」を意味する「たんでぃがーたんでぃ」(宮古島)、「にーふぁいゆー」(石垣島)と案内するそうです。
伊良部島のファミリーマートでも音声が流れますが、残念ながら伊良部の方言ではありません。
観光客の中には、最近増えた中国人や韓国人たちのための外国語案内だと勘違いする人も居るようですが、確かにはじめて聞く人には宮古島や伊良部島の方言は外国語に聞こえるかも知れません。
20181014ファミリーマート(1024x690)



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伊良部の風物詩】
<シローミータカ>
今年も寒露が過ぎて、サシバの渡りの便りがチラホラ聞こえる季節になりました。
沖縄県では10月8日から伊良部庁舎屋上でサシバの飛来数調査を行っているそうですが、まだ大量の飛来のニュースは聞こえて来ません。
サシバの捕獲が禁止される前、捕獲小屋で囮になるサシバは赤い眼をしたアカミータカと呼ばれる壮年のサシバです。
黄色の眼をしたサシバはツンミーと言って元気な青年のサシバで、青黒い眼をしたアオミーは子供のサシバだそうです。
もっと歳をとるとサシバの眼も白内障で白くなりスッスミータカ、内地の言葉ではシロミータカと呼ばれるのでしょうか。
一説によると、囮のサシバはツンミーという説もあります。


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【んなまぬ(今の)伊良部】
<台風の背中>
今年は台風のニュースが頻繁に流れます。
「宮古島を直撃か」というフレーズも、宮古島をスッポリ目に入れた8号をはじめ、内地に大きな被害をもたらした24号や宮古島地方を強い勢力で暴風圏に巻き込んだ現在進行形の25号でも聞かれました。
宮古島が台風銀座と呼ばれていた事が思い出されます。
全国的に台風の報道が多くなると、ニュース・天気予報でも色々な話題が出てきます。
各局の報道の中で多かったのは、台風の東側の方が西側より風が強くなり、被害が多くなるという話題でした。
北半球では台風は時計と反対回りに回転するため、進行方向への移動速度と回転の影響から台風の右側が風が強くなり、より危険という事だそうです。
平成15年(2003年)の台風マエミーは宮古島の西側を北上したため、伊良部島にも甚大な被害をもたらしました。
今年の台風は宮古島に接近しても東側を通過したため、大きな被害が出なかったようです。
このように台風の進路によって影響が異なるため、伊良部島でも進路予想に注意をはらいます。
報道では台風の東側とか右側が危ないとか言っているようですが、まるよしでは今回の台風もお腹側でなくて背中で良かったと言われています。



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【伊良部の自然】
<明和の大津波>
ここ数年、気候変動による大雨などの自然災害が頻繁に発生していますが、火山や地震などの活動も多く報道されています。
北海道でも大きな地震が起きました。
沖縄地方でも、1771年に発生した明和の大津波が先島諸島に壊滅的な被害をもたらしました。
八重山地方でより大きな被害が出たそうですが、伊良部島でも下地島の帯岩や佐和田の浜の奇岩など見ればその大きさが計り知れます。
下地島は水没して、それ以降人が住まなくなったと言われています。
ずっとこの地方の津波は300年周期説が言われていて、そろそろ来てもおかしくないと言われてきました。
東日本大震災の後の調査では一時、周期説が否定的に見られる見解も出ましたが、最近の調査で600年周期説が有力になっています。
備えあっては憂いなし。いづれにしろ日頃の備えと心構えが大切だと思われますので、観光で来られた方も避難先や高台を確認して心の備えをしておいた方が良いと思われます。
カッフィからの帯岩 (1024x692)


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伊良部の風物詩】
<ミーニシ>
寒露の頃(二十四節気の一つで10月8日頃)になると、南東からの季節風に変わって北東から季節風が吹き出します。
このため夏の暑さが次第に和らぎ、秋を感じることができます。
夏の南東季節風に代わって北東季節風がはじめて吹いた日を、沖縄では「ミーニシ」と呼んでいます。
ミーは新しい、ニシは北のこと言います。
ミーニシが吹き出すと空気が入れ替わって、湿気が少ない爽やかな気候の日が多くなります。
空を見上げると、積乱雲などに代表される夏の雲から、空一杯に広がる層積雲などの冬の雲へと変化していきます。
この頃、伊良部島ではミーニシに乗ってサシバが渡ってきます。
ミーニシが吹く頃には海の透明度が増して、風の影響をあまり受けない下地島の西のビーチは穏やかな姿を見せます。
ダイビング船も白鳥崎沖から移動して下地島の西海岸に集結します。
ピサラブ (1024x691)


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伊良部の日常】
<A&W>
沖縄と言えばA&Wのハンバーガーとブルーシールのアイスクリームが思い浮かびます。
アメリカの統治下の影響があるようですが、今では沖縄の名物になっていて観光客のお目当てにもなっています。
最近マクドナルドが進出しましたが、宮古島でハンバーガーと言えばモスとA&Wが老舗です。
伊良部の子供たちにもハンバーガーは人気のようです。
A&Wは下里通りにありますが、空港にも店が出来ました。下里通り店はドライブスルーになっていて、1998年に開店したそうです。
店に入ると60年代のアメリカンミュージックが流れ、店内には昔の良きアメリカの写真が飾られています。ハンバーガーはもちろん、チョット変わったルートビアというドリンクやカーリーフライが有名です。
2012年7月には宮古空港店も開店しました。滞在中に食べ逃した方は帰りに空港でも食べられるようになりました。
下里通り店は2018年7月から木曜日が定休日になったので、ご注意ください。
A&W (1024x692)



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【伊良部の不思議】
<ユタ>
伊良部の人は病気になると当然病院に行きますが、ユタのところにも行く人がいます。
ユタは一種の霊能力者で家族に関する運勢、吉凶の判断、思いがけない不幸や不吉なめぐり合わせなどの災いの除災、病気の平癒祈願などを行うとされています。
ユタに相談する人はみなそれぞれ専属のユタがいて、折に触れ相談をします。
中には何人かのユタに相談する人もいます。
その時の状況で、自分と相性の合うユタが変わることもあるそうです。
内地からまるよしに通うMさんやOさんはスタッフの紹介でユタさんに運勢を占ってもらいました。
悩みのある方、興味のある方は相談してみてはいかがですか?
もやもやした気持ちが、一気に晴れるかもしれません。
伊良部ではユタの事をムヌスと言います。



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伊良部の日常】
<ヤギ>
ヤギは伊良部ではピンザと呼ばれます。
昔は豚やニワトリなどと一緒にそれぞれの家で必ず飼われていて、乳を飲んだり、お祝いなどの時につぶしてご馳走になったりしました。
宮古島には頭上を越えられると魂を抜かれるという、片足ピンザの怖い話(ガングリユマタ)があります。
伊良部島でも「妊婦はヤギを一人で食べてはいけない」などヤギに関する言い伝えが数多くあります。
そんな風にピンザは島の人には身近な生き物でした。
今でも国仲の集落では豊年祭の時に魔除けの為、集落の境にヤギの足が吊るされます。
現在では各家には居ないようですが、伊良部島でも時々メーメーと鳴き声が聞こえます。
下地島の民宿キャンプ村付近にはヤギ小屋があって、ヤギの一家が飼われています。
島の子供が見に来たり、たまたま見つけた観光客の癒しになっています。
ガングリユマタについては興味のある方は、宮古島の超ベストセラー「読めば宮古」をご参照ください。
ピンザ01 (1024x692) ピンザ02 (1024x691)



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伊良部の風物詩】
<還暦祝い2>
ここ数年、還暦を迎える年代では子供の時代、伊良部島では人口一万人を超え同級生は200人以上いました。
還暦が近づいてくると、結構前からお祝いの準備が始まります。
伊良部在住の幹事が集落ごとに決まり、旅行の日程や記念のTシャツなど作成、記念DVDやアルバムの準備、宮古島でのバスツアーの企画などで忙しくなります。
数え60歳の前の一年間は幹事は大忙しです。
同級生は宮古島や沖縄、内地等に分散しています。
橋が架かって宮古島の同級生とは連絡が密に取れるようになりましたが、一言に内地といっても関西圏・名古屋圏・関東圏などとばらばらで連絡も大変です。
打ち合せも頻繁に行われます。
まるよしでも還暦の打ち合せをはじめ、中学校卒業30周年、古稀のお祝いなどの打合せが頻繁に行われます。
いざ打ち合せが始まるとオトーリに突入して、打ち合せなのか、単なる同窓会なのか不明になる事も多いようです。


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伊良部の日常】
<上等>
上等と言う言葉は一般的には高級品等を表す言葉として全国的使われていますが、沖縄ではちょっとニュアンスが異なる使われ方をします。
高級と言うかしこまった感じではなく、「良いよ」と言うような感じで会話で使われる事が多いようです。
英会話で使われる「グッド」と言う感じでしょうか。
伊良部でも日常会話で「上等さ」をよく耳にします。
内地からまるよしに通うHさんは、体調を崩すと宮古の病院に駆け込みます。
行きつけの医院が何軒か有って、診察券を何枚か持っています。
そんな時、宮古の病院で診察を受けて、触診や聴診器を当てられる度に、先生から「上等、上等」と声を掛けられると何故か安心して、処方された薬を飲む前に体調は良くなります。
病は気からと言いますが、内地の病院では決して言ってもらえない「上等」と言う言葉はHさんにとって魔法の言葉のようです。



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【伊良部の自然】
<マリアの眼>
宮古島は昨年の秋、2003年の台風14号マエミー以来、久々に強い台風の直撃を受けたましたが、1週間近く停電が続いたマエミーの時のように甚大な被害が出ずに済んだのは不幸中の幸いでした。
今年も7月には、猛烈に発達した台風8号マリアが宮古島を直撃して去って行きました。
最大瞬間風速70mが予想され、厳重な警戒が連日報じられたマリアですが大きな被害はなく、一安心でした。
宮古島はマリアが来る数日前にも、台風7号の影響で50年に一度の大雨に見舞われていて、普段は安定した天気が続くこの時期に立て続きに台風の襲来を受けました。
伊良部島の梅雨明けは例年6月の20日過ぎで、いつもは梅雨明けから7月中旬ごろまで一番天気が安定します。
毎年台風シーズンを避けて、この時期をねらって訪れる人もいます。
今年もやってきたYさんは、想定外の台風を経験して、半日間の停電の洗礼も受けました。
猛烈な北東からの暴風を連れてきたマリアの眼に入ると、小一時間は無風状態が続きましたが、その後は南西からの暴風に変わり、電気の来ない部屋は一気に蒸し暑くなりました。
台風には避けて貰いたいものですが、自然には逆らえません。
台風の眼を体感するという、なかなか味わえない経験をしましたが、それと同時にやっぱり最近の天気は変だなと実感します。
台風8号の停電 (1024x691)


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伊良部の日常】
<ポークたまご>
ポークたまご (1024x974)沖縄の名物料理にポークたまごがあります。
アメリカ統治時代に入ってきたスパムの缶詰をカットして焼いたものに、卵焼きを添えたシンプルなメニューです。
スパムは島豆腐やかまぼこ、シーチキンなどと共に色々な料理に食材として使われて、今では沖縄のソールフードとして、郷土料理には欠かせない存在です。
ポークたまごの卵焼きは塩味の卵焼きです。
NHKのテレビでも取り上げられていましたが、卵焼きの味付けは地域によって甘いかしょっぱいに分けられるそうです。
厳密に言えば、砂糖と塩と出汁味の3種類でしょうか。
伊良部島で育って内地に働きに行った人の中には、砂糖の甘みの効いた甘い卵焼きは食べられないという人もいます。
沖縄でポークたまごと言えば独身男性の定番料理といわれています。
定食屋で注文すると独身かと言われる事もあります。
まるよしでもポークたまごは人気メニューの一つで、独身男性に限らずみんな注文します。



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