まるよしよもやま話(沖縄・伊良部島)

2002年4月に発売され宮古島で大ベストセラーになった「読めば宮古」。 そんな話が伊良部にもたくさんあります。 伊良部島の民宿まるよしで夜な夜な語られる伊良部の話「まるよしよもやま話」のページです。

2002年4月に発売され宮古島で大ベストセラーになった「読めば宮古」。そんな話が伊良部にもたくさんあります。まるよしで夜な夜な語られる伊良部の話を紹介していきます。

【んなまぬ(今の)伊良部】
<台風の背中>
今年は台風のニュースが頻繁に流れます。
「宮古島を直撃か」というフレーズも、宮古島をスッポリ目に入れた8号をはじめ、内地に大きな被害をもたらした24号や宮古島地方を強い勢力で暴風圏に巻き込んだ現在進行形の25号でも聞かれました。
宮古島が台風銀座と呼ばれていた事が思い出されます。
全国的に台風の報道が多くなると、ニュース・天気予報でも色々な話題が出てきます。
各局の報道の中で多かったのは、台風の東側の方が西側より風が強くなり、被害が多くなるという話題でした。
北半球では台風は時計と反対回りに回転するため、進行方向への移動速度と回転の影響から台風の右側が風が強くなり、より危険という事だそうです。
平成15年(2003年)の台風マエミーは宮古島の西側を北上したため、伊良部島にも甚大な被害をもたらしました。
今年の台風は宮古島に接近しても東側を通過したため、大きな被害が出なかったようです。
このように台風の進路によって影響が異なるため、伊良部島でも進路予想に注意をはらいます。
報道では台風の東側とか右側が危ないとか言っているようですが、まるよしでは今回の台風もお腹側でなくて背中で良かったと言われています。



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【伊良部の自然】
<明和の大津波>
ここ数年、気候変動による大雨などの自然災害が頻繁に発生していますが、火山や地震などの活動も多く報道されています。
北海道でも大きな地震が起きました。
沖縄地方でも、1771年に発生した明和の大津波が先島諸島に壊滅的な被害をもたらしました。
八重山地方でより大きな被害が出たそうですが、伊良部島でも下地島の帯岩や佐和田の浜の奇岩など見ればその大きさが計り知れます。
下地島は水没して、それ以降人が住まなくなったと言われています。
ずっとこの地方の津波は300年周期説が言われていて、そろそろ来てもおかしくないと言われてきました。
東日本大震災の後の調査では一時、周期説が否定的に見られる見解も出ましたが、最近の調査で600年周期説が有力になっています。
備えあっては憂いなし。いづれにしろ日頃の備えと心構えが大切だと思われますので、観光で来られた方も避難先や高台を確認して心の備えをしておいた方が良いと思われます。
カッフィからの帯岩 (1024x692)


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伊良部の風物詩】
<ミーニシ>
寒露の頃(二十四節気の一つで10月8日頃)になると、南東からの季節風に変わって北東から季節風が吹き出します。
このため夏の暑さが次第に和らぎ、秋を感じることができます。
夏の南東季節風に代わって北東季節風がはじめて吹いた日を、沖縄では「ミーニシ」と呼んでいます。
ミーは新しい、ニシは北のこと言います。
ミーニシが吹き出すと空気が入れ替わって、湿気が少ない爽やかな気候の日が多くなります。
空を見上げると、積乱雲などに代表される夏の雲から、空一杯に広がる層積雲などの冬の雲へと変化していきます。
この頃、伊良部島ではミーニシに乗ってサシバが渡ってきます。
ミーニシが吹く頃には海の透明度が増して、風の影響をあまり受けない下地島の西のビーチは穏やかな姿を見せます。
ダイビング船も白鳥崎沖から移動して下地島の西海岸に集結します。
ピサラブ (1024x691)


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伊良部の日常】
<A&W>
沖縄と言えばA&Wのハンバーガーとブルーシールのアイスクリームが思い浮かびます。
アメリカの統治下の影響があるようですが、今では沖縄の名物になっていて観光客のお目当てにもなっています。
最近マクドナルドが進出しましたが、宮古島でハンバーガーと言えばモスとA&Wが老舗です。
伊良部の子供たちにもハンバーガーは人気のようです。
A&Wは下里通りにありますが、空港にも店が出来ました。下里通り店はドライブスルーになっていて、1998年に開店したそうです。
店に入ると60年代のアメリカンミュージックが流れ、店内には昔の良きアメリカの写真が飾られています。ハンバーガーはもちろん、チョット変わったルートビアというドリンクやカーリーフライが有名です。
2012年7月には宮古空港店も開店しました。滞在中に食べ逃した方は帰りに空港でも食べられるようになりました。
下里通り店は2018年7月から木曜日が定休日になったので、ご注意ください。
A&W (1024x692)



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【伊良部の不思議】
<ユタ>
伊良部の人は病気になると当然病院に行きますが、ユタのところにも行く人がいます。
ユタは一種の霊能力者で家族に関する運勢、吉凶の判断、思いがけない不幸や不吉なめぐり合わせなどの災いの除災、病気の平癒祈願などを行うとされています。
ユタに相談する人はみなそれぞれ専属のユタがいて、折に触れ相談をします。
中には何人かのユタに相談する人もいます。
その時の状況で、自分と相性の合うユタが変わることもあるそうです。
内地からまるよしに通うMさんやOさんはスタッフの紹介でユタさんに運勢を占ってもらいました。
悩みのある方、興味のある方は相談してみてはいかがですか?
もやもやした気持ちが、一気に晴れるかもしれません。
伊良部ではユタの事をムヌスと言います。



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伊良部の日常】
<ヤギ>
ヤギは伊良部ではピンザと呼ばれます。
昔は豚やニワトリなどと一緒にそれぞれの家で必ず飼われていて、乳を飲んだり、お祝いなどの時につぶしてご馳走になったりしました。
宮古島には頭上を越えられると魂を抜かれるという、片足ピンザの怖い話(ガングリユマタ)があります。
伊良部島でも「妊婦はヤギを一人で食べてはいけない」などヤギに関する言い伝えが数多くあります。
そんな風にピンザは島の人には身近な生き物でした。
今でも国仲の集落では豊年祭の時に魔除けの為、集落の境にヤギの足が吊るされます。
現在では各家には居ないようですが、伊良部島でも時々メーメーと鳴き声が聞こえます。
下地島の民宿キャンプ村付近にはヤギ小屋があって、ヤギの一家が飼われています。
島の子供が見に来たり、たまたま見つけた観光客の癒しになっています。
ガングリユマタについては興味のある方は、宮古島の超ベストセラー「読めば宮古」をご参照ください。
ピンザ01 (1024x692) ピンザ02 (1024x691)



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伊良部の風物詩】
<還暦祝い2>
ここ数年、還暦を迎える年代では子供の時代、伊良部島では人口一万人を超え同級生は200人以上いました。
還暦が近づいてくると、結構前からお祝いの準備が始まります。
伊良部在住の幹事が集落ごとに決まり、旅行の日程や記念のTシャツなど作成、記念DVDやアルバムの準備、宮古島でのバスツアーの企画などで忙しくなります。
数え60歳の前の一年間は幹事は大忙しです。
同級生は宮古島や沖縄、内地等に分散しています。
橋が架かって宮古島の同級生とは連絡が密に取れるようになりましたが、一言に内地といっても関西圏・名古屋圏・関東圏などとばらばらで連絡も大変です。
打ち合せも頻繁に行われます。
まるよしでも還暦の打ち合せをはじめ、中学校卒業30周年、古稀のお祝いなどの打合せが頻繁に行われます。
いざ打ち合せが始まるとオトーリに突入して、打ち合せなのか、単なる同窓会なのか不明になる事も多いようです。


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伊良部の日常】
<上等>
上等と言う言葉は一般的には高級品等を表す言葉として全国的使われていますが、沖縄ではちょっとニュアンスが異なる使われ方をします。
高級と言うかしこまった感じではなく、「良いよ」と言うような感じで会話で使われる事が多いようです。
英会話で使われる「グッド」と言う感じでしょうか。
伊良部でも日常会話で「上等さ」をよく耳にします。
内地からまるよしに通うHさんは、体調を崩すと宮古の病院に駆け込みます。
行きつけの医院が何軒か有って、診察券を何枚か持っています。
そんな時、宮古の病院で診察を受けて、触診や聴診器を当てられる度に、先生から「上等、上等」と声を掛けられると何故か安心して、処方された薬を飲む前に体調は良くなります。
病は気からと言いますが、内地の病院では決して言ってもらえない「上等」と言う言葉はHさんにとって魔法の言葉のようです。



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【伊良部の自然】
<マリアの眼>
宮古島は昨年の秋、2003年の台風14号マエミー以来、久々に強い台風の直撃を受けたましたが、1週間近く停電が続いたマエミーの時のように甚大な被害が出ずに済んだのは不幸中の幸いでした。
今年も7月には、猛烈に発達した台風8号マリアが宮古島を直撃して去って行きました。
最大瞬間風速70mが予想され、厳重な警戒が連日報じられたマリアですが大きな被害はなく、一安心でした。
宮古島はマリアが来る数日前にも、台風7号の影響で50年に一度の大雨に見舞われていて、普段は安定した天気が続くこの時期に立て続きに台風の襲来を受けました。
伊良部島の梅雨明けは例年6月の20日過ぎで、いつもは梅雨明けから7月中旬ごろまで一番天気が安定します。
毎年台風シーズンを避けて、この時期をねらって訪れる人もいます。
今年もやってきたYさんは、想定外の台風を経験して、半日間の停電の洗礼も受けました。
猛烈な北東からの暴風を連れてきたマリアの眼に入ると、小一時間は無風状態が続きましたが、その後は南西からの暴風に変わり、電気の来ない部屋は一気に蒸し暑くなりました。
台風には避けて貰いたいものですが、自然には逆らえません。
台風の眼を体感するという、なかなか味わえない経験をしましたが、それと同時にやっぱり最近の天気は変だなと実感します。
台風8号の停電 (1024x691)


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伊良部の日常】
<ポークたまご>
ポークたまご (1024x974)沖縄の名物料理にポークたまごがあります。
アメリカ統治時代に入ってきたスパムの缶詰をカットして焼いたものに、卵焼きを添えたシンプルなメニューです。
スパムは島豆腐やかまぼこ、シーチキンなどと共に色々な料理に食材として使われて、今では沖縄のソールフードとして、郷土料理には欠かせない存在です。
ポークたまごの卵焼きは塩味の卵焼きです。
NHKのテレビでも取り上げられていましたが、卵焼きの味付けは地域によって甘いかしょっぱいに分けられるそうです。
厳密に言えば、砂糖と塩と出汁味の3種類でしょうか。
伊良部島で育って内地に働きに行った人の中には、砂糖の甘みの効いた甘い卵焼きは食べられないという人もいます。
沖縄でポークたまごと言えば独身男性の定番料理といわれています。
定食屋で注文すると独身かと言われる事もあります。
まるよしでもポークたまごは人気メニューの一つで、独身男性に限らずみんな注文します。



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【んなまぬ(今の)伊良部】
<福岡直行便復活>
ANAは今年も本土からの直行便を増発しました。
名古屋方面からの中部直行便の定期便化、関西からの直行便の増発、北九州の福岡直行便の復活です。
今回の本土直行便の増便、再開について「旺盛な先島諸島の需要が背景」にあるそうです。
宮古島への旅行人気は年々高まっています。
毎年のように伊良部島に通う人によると年々チケットが取りづらくなっているそうです。
チケット代や宮古島のホテルの宿泊費も割高になったという話しもあります。
直行便の増発は伊良部島に居ても実感します。
まるよしに宿泊されるお客さんも中部直行便が開設した昨年あたりから、名古屋など東海地方から来られる方が増えました。
福岡直行便が復活した今年からは福岡からのお客さんが確実に増えています。
来年の春からは下地島空港へのLCCの便も予定されています。
この流れで行くと、来年からはまるよしにも外国からのお客さんも増えそうです。



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【んきゃーん(昔の)伊良部】
<昔の道>
下地島空港がある場所は1972年に空港の建設工事が始まるまではサトウキビ畑と海でした。
その頃は、まるよしのある国仲の集落からは昔の国仲橋を渡って通り池や現在、中の島と言われているカヤッファまで行ける道があったそうです。
一面のキビ畑の中は網の目のように農道が走っていて、国仲以外にも南区の伊良部、仲地、長浜、佐和田の各集落からそれぞれの集落にかかる橋を渡って、通り池や中の島海岸など下地島の西海岸に出る道が有りました。
当時は車もほとんど無く、馬車も少なかったので、ほとんどの場合は歩いて行ったそうです。
国仲の子供たちはその道を通って海遊びや潮干狩りに、大人たちは畑仕事やサシバ捕りに行きます。
飲み水の話では、佐良浜のサバウツガーの水を汲みに階段を往復した過酷な歴史が有名ですが、南区でも水不足の時は、はるばる通り池まで飲み水を求めて歩いて行ったそうです。
通り池に水が少ないときは、中の島海岸と隣のアッタバサマの間の洞窟に滴る水にまで足を延ばします。
当時、使われていた道は空港用地になった土地を除けば今も残っています。
興味の有るかたは、昔に想いを馳せて、サトウキビ畑の道を探索してみてください。
昔の道 (1024x691)


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【んきゃーん(昔の)伊良部】
<ラブホ3連泊>
今年は台風の発生が多く、天気予報を見ると毎日のように台風情報が流れています。
宮古島も最大瞬間風速70mが予想された台風8号が直撃しましたが、伊良部大橋の通行止めは約1日で済みました。
伊良部大橋が架かる前は台風が来ると、伊良部島と宮古島を結ぶ定期船の欠航は当たり前の事でした。
そのもっと昔は船も小型で、海が荒れると定期船はすぐに欠航しました。
台風に当たると欠航は何日も続きます。
伊良部島から宮古島に出かけても、帰れなくなることが日常的でした。
宮古島に泊まるとなると宿泊代も馬鹿になりません。
安い宿は直ぐに一杯になります。
当時、宮古島に働きに行っていたSお姉さんは船が欠航すると料金の安いラブホに泊まります。
「エッチするなら車の中で十分」と普段はラブホに行きませんが、台風の時に3連泊したことがあるそうです。
ホテルの受付の人もビックリしたとかで、ラブホ3連泊と語り継がれています。


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【んきゃーん(昔の)伊良部】
<車事情>
昔、伊良部島では車と言えば軽トラックや軽のワンボックスカーが主流で実用的な車ばかりでした。
その時代、伊良部島で走っていた乗用車もグレーや白、黒といった地味な色が多く、派手な色の乗用車や高級車は乗っていた人はごく一部でした。
当時、カラフルな目立つ車と言えば「わ」ナンバーのレンタカーばかりです。
フェリーに乗るときはナンバーを見なくてもすぐに見分けがついたものです。
因みに当時はまだ「れ」ナンバーは有りませんでした。
そんな訳で、島の運転に慣れないレンタカーを見分けるのに苦労は無かったのですが、いつの頃からか島の人もカラフルな乗用車を乗り回すようになりました。
橋が架かってからは、色も形も様々な車を見かけるようになって、平均時速も大分速くなったような気がします。
慎重な島の人はこちらが優先の十字路でも一時停止したり、スピードを落とします。
最近伊良部島でも交通事故が急増しているようです。
時代が変わって運転事情も変化したようですが、島の大きさは同じです。
そんなに急いでもたいして変わりませんよ。


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伊良部の日常】
<タコ熱中症>
今年は台風が多く、海水がかき混ぜられて水温は昨年より低いようですが、昨年は海水温の高い日が続きました。
昨年の7月の大潮の干潮時、長期滞在のRさんはスタッフに教えてもらったビーチに繰り出しました。
観光客がほとんど入らないビーチでは、引き潮で池のようになった深みで地元の釣り人が折り畳みイスを持ち込んで、釣りをしています。
Rさんは釣り人に邪魔にならないように、別の深みでは素潜りを楽しみます。
表層は温いですが、深みで潜ると冷たい海は身体が溶けるような気持ち良さです。
スタッフの娘さん一家も釣りと潮干狩りを楽しんでいます。
サザエやミガルという貝を探している人もいます。
大潮の日、伊良部島・下地島のビーチではこんな日常の光景が見られます。
干潮時の浅瀬はお湯のようになり、サンゴは一部白化しています。
普段はサンゴの穴に身を隠す島ダコも暑さでゆでだこ状態でさかさまになっていて、銛で突かなくてもスタッフのお孫さんの獲物になりました。
地球温暖化と言われて久しいですが、こんな日はタコも熱中症になるようです。

タコ熱中症 (1024x692)



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伊良部の日常】
<オリオンビール>
20180807オリオンビール (524x1024)沖縄のビールといえばオリオンビールです。
アメリカンテイストの沖縄の気候にあったビールとして知られていますが、昭和32年に沖縄ビール株式会社として設立されて昭和34年にオリオンビール株式会社と社名変更したそうです。
まるよしの常連さんによると、学校の遠足に水筒替わりにオリオンビールを持って行って、ぬるいビールに砂糖を入れた飲んだ記憶があるそうです。
水分補給にはなりましたが、子供の舌には不味かった思い出しか無いそうです。
オリオンビールの歴史を紐解くと瓶詰めビールの販売が昭和35年、缶入り生ビールの販売が昭和48年ということなので、遠足に持って行ったのは瓶入りビールだったのかもしれません。
いずれにしろ、昔から生活に密着したビールだったことは間違いないようで、まるよしにも当然のごとく生ビールのサーバーが置かれています。
伊良部島にハマッた観光客の方の中には、内地に戻ってもオリオンビールを飲んでいるいる人が多いようですが、オリオンビールは沖縄の料理で沖縄で飲むのが一番美味しいのは間違いありません。
まるよしでは今年からオリオンビールの中瓶の提供も始めています。



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【んなまぬ(今の)伊良部】
<建設ラッシュ>
伊良部大橋が開通して3年半が経過しました。
宮古島への観光客の増加は架橋に伴う一時的な波ではなく、更に続いています。
そんな中、すでに海岸線の土地はすべて内地の資本に買い占められたと噂されている伊良部島では、伊良部大橋から渡口の浜までの間で新しい施設があちこちで建設中です。
兼ねてから懸案の橋詰広場や、ホテルなどの宿泊施設をはじめ、レストランや別荘、何故か乗馬の施設もあると噂されています。
伊良部島の他の地域でも観光施設の他に、下地島空港のターミナルビルや小学校・中学校の合併で誕生する小中一貫校「結いの橋学園」の工事等が行われています。
伊良部島は建設ラッシュで色々な場所から職人さんなどが働きに来ています。
伊良部大橋が開通した当初は、宮古島の宿泊施設を利用する工事関係者の方々が多いようでしたが、今は現場に近い伊良部島に宿泊する人も増えているようです。
おかげさまで、まるよしにも色々なお話が有って、長期滞在の職人さんたちが滞在しています。
暑い中での現場作業は大変です。
まるよしの料理と冷たい飲み物が癒やしになって頂ければありがたいです。
20180803結いの橋学園完成図 (1024x502)



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【伊良部の自然】
<パッションフルーツ>
温暖な沖縄には内地では珍しい果物が数多くあります。
マンゴーやパパイヤやパイナップルなどはトロピカルフルーツと総称されますが、その中にパッションフルーツがあります。
通常、店頭で販売されているフルーツはハウスや畑で栽培されているのが一般的ですが、サトウキビ畑の片隅に自生したり、家の庭に植えられた物でも美味しく食べられます。
昔は内地でも庭の有る家には、梅や柿や枇杷等、実の成る木が必ず植えられていたものです。
伊良部島ではマンゴーの木が庭に植えられている家も有ります。
まるよしでの駐車場には、パパイヤ、ドラゴンフルーツが植えられていて、以前はパッションフルーツもありました。
好き嫌いがあるようですが、ちょっと酸っぱくていかにもビタミンCがタップリという味です。
見かけはカエルの卵みたいだと気持ち悪がる人もいますが、いかにも南国を連想させる食感のフルーツです。
パパイヤがまんじゅうと言われるように果物も方言で呼ばれますが、パッションフルーツは外来種だそうで、伊良部でもパッションフルーツはパッションフルーツです。
20180730パッションフルーツ02 20180730パッションフルーツ02 (1024x786)


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【伊良部の自然】
<ピサピシ>
伊良部島、下地島には数多くのビーチが有ります。
伊良部大橋が架かってからは、観光客が押し寄せるようになり、宮古島のマリンショップもビジネスチャンスを求めてか、観光客をガイドするようになりました。
はじめは有名な中の島ビーチに集中していたようですが、橋が開通して2年が経過する頃には今まで伊良部島のショップしかガイドしない、当時はマイナーなビーチにも見慣れないショップの車が止まるようになります。
更に3年目に入ると、混雑する中の島ビーチを避けるのでしょうか、普段は人が入らないビーチにもチラホラ観光客の姿を見かけるようになります。
人間の心理として誰かの車が駐車しているビーチは安心するのでしょうか、そんな浜には当然のように多くの人が出入りするようになります。
その代表的な浜がピサピシです。
一周道路に面して浜が見渡せるせいか、今ではガイドの車も含め、車が何台も駐車している時があります。
かつては地元の人が大潮の時に潮干狩りに入るだけだった浜も、橋が架かる前にJTAの機内誌でシュノーケルポイントとして「空港下」と紹介されたり、ダイビングポイントにちなんで「一の瀬ドロップ」と呼ばれたり、滑走路の名前から「35エンド」と名付けられたりして認知度は年々高まって行きました。
ビーチの呼び方は増えましたが、たくさんいたカクレクマノミは数を減らしました。
ビーチの姿は確実に変化しています。
名前の由来の通り広大に拡がる平らなリーフと周辺の環境が無事に生き残る事を願っています。
20180726ピサピシ (1024x691)

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【んなまぬ(今の)伊良部】
<避暑地伊良部>
50年に一度という豪雨に見舞われた宮古島、吉野海岸へ降りる道も土砂崩れで数日間通行止めになりました。
以前はフィリピン近海で発生した台風も先島諸島近海で突然発生することが多くなり、発生した翌日には警報が出ます。
ニュースを見ると、内地では連日最高気温が35度以上の猛暑が報道されています。
都市部の猛暑は気象条件だけでなく、アスファルトに覆われた街つぐりにも一因が有るかもしれません。
サトウキビ畑が拡がる伊良部島でも暑い日々が続いていますが、最高気温は31度から32度で特段暑いと言う訳ではありません。風のある日は冷房をかけずに寝ている人もいます。
異常気象と言われて久しいですが、「何十年ぶり」とか「今までに経験したことのない」とか「命にかかわるような」というような表現で報道される気象事例が日常になりました。
異常はもう異常ではなく、通常になっています。
今までの常識は通用しなくなるかもしれません。
そんな訳で「夏涼しい伊良部島」に是非お越しください。
20180722イケノプカ (1024x691)



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